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ウガンダ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 この項目ではアフリカ大陸の国について記述しています。元ビジーフォーのタレントについてはウガンダ・トラをご覧ください。 ウガンダ共和国 Jamhuri ya Uganda(スワヒリ語) Republic of Uganda(英語) (国旗) (国章) 国の標語 : For God and My Country (英語: 神と我が国のために) 国歌 : Oh Uganda, Land of Beauty 公用語 英語, スワヒリ語 首都 カンパラ 最大の都市 カンパラ 元首 大統領 (President of Uganda) ヨウェリ・カグタ・ムセベニ 首相 (Prime Minister of Uganda) アポロ・ンスィバンビ (Apolo Nsibambi) 面積 総計 236,040km2(80位) 水面積率 15.4% 人口 総計(2004年) 26,404,543人(42位) 人口密度 112人/km2 GDP(自国通貨表示) 合計(2005年) 14兆4,786億ウガンダ・シリング GDP(MER) 合計(2005年) 82億ドル(109位) GDP(PPP) 合計(2003年) 361億ドル(80位) 1人当り 1,400ドル 独立 - 日付 イギリスより 1962年10月9日 通貨 ウガンダ・シリング(UGS) 時間帯 UTC +3(DST: なし) ccTLD UG 国際電話番号 256 1 註1: ケニアとタンザニアから掛ける場合は、006 ウガンダ共和国(ウガンダきょうわこく)、通称ウガンダはアフリカ東部の国。首都はカンパラ。 ケニア、スーダン、コンゴ民主共和国、ルワンダ、タンザニアに隣接する内陸の国である。ナイル川(白ナイル)の始まるビクトリア湖に接している。旧イギリス植民地。 目次 [非表示] 1 国名 2 歴史 3 政治 4 地方行政区分 看護師 求人 4.1 県 4.2 主要都市 5 地理 6 経済 7 国民 8 文化 9 HIV/AIDS 10 ウガンダ出身の人物 11 関連項目 12 外部リンク 仕事 [編集] 国名 スワヒリ語での正式名称は、Jamhuri ya Uganda(ジャムフリ・ヤ・ウガンダ)、英語での正式名称は、Republic of Uganda(リパブリック・オブ・ウガンダ或はユガンダ)。通称、Uganda。日本語の表記は、ウガンダ共和国。通称、ウガンダ。「ウガンダ」の名は旧ブガンダ王国の「ブガンダ」より。 スカウト [編集] 歴史 詳細はウガンダの歴史 (History of Uganda) を参照 16世紀初頭、ブニョロ (Bunyoro) 、ブガンダ (Buganda) 、アンコーレ (Ankole) 、ルワンダ、ブルンディなどの大湖地方の諸王国が成立。17世紀中頃、ヴィクトリア湖畔のブニョロ王国最盛期。19世紀中頃、ブガンダ王国がザンジバルとの交易で繁栄。その後、カトリック、プロテスタント、イスラムの間で勢力争いがあり、その背景には、イギリスとドイツの権益争いがあった。ヘルゴランド=ザンジバル条約によってイギリスの保護領とされた。 第二次世界大戦後、独立の気運が高まり、1962年に英連邦王国の一員として独立した。翌1963年に共和制へ移行。1966年、首相のウガンダ人民会議 (Uganda People's Congress) のミルトン・オボテが大統領のムテサ2世を排除して終身大統領に就任し、社会主義路線を掲げた。1971年1月に軍司令官イディ・アミンがクーデターで政権を掌握、独裁政治を敷いた。相次ぐ恐怖政治で30万人以上に及ぶ国民が虐殺される。1978年にタンザニアに侵攻したが、逆にタンザニア軍に首都のカンパラまで攻め込まれた(ウガンダ・タンザニア戦争 (Ugandan-Tanzanian War) )。1979年、反体制派のウガンダ民族解放戦線に攻撃されてアミンは失脚し、サウジアラビアに亡命した。大統領にはオボテが復帰したが、その後も1985年、1986年とクーデタが相次ぎ、ムセベニが権力を獲得しゲリラ闘争を行っていた国民抵抗軍が正規軍と置き換わった。 2006年8月12日、ウガンダ政府と反政府武装組織「神の抵抗軍」(LRA) との和平交渉は、双方の戦闘行為停止に関する合意が出来ないまま14日まで休会されることになった。戦闘と敵対的宣伝の停止で合意している。26日、3週間以内にスーダン南部に設けられる2カ所のキャンプに集結することで合意した。 2007年11月29日 ウガンダでエボラ出血熱が発生しており、51人が感染し、16人が死亡している。新種のエボラウィルスである。 転職サイト [編集] 政治 詳細はウガンダの政治 (Politics of Uganda) を参照 ウガンダは1995年10月に発行した憲法に基づき統治されている。国家元首は大統領で、国民の直接選挙で選出され任期は5年。大統領は首相・閣僚任免権など強大な権力が保障されている。 国民抵抗運動 (National Resistance Movement) (NRM) が無党制を導入していたため、他にウガンダ人民会議、ウガンダ愛国運動 (Uganda Patriotic Movement) (解散)、保守党 (Conservative Party) などの政党が存在するものの、NRM以外の政治活動は禁止されている。議会選への立候補も特定の党員資格を持つ者は許されず、個人資格のみ許可される。しかし個人資格といってもNRMの選挙機関「ムーブメント」の組織的支援を受けた者しか、事実上当選しない仕組みとなっている。複数政党制の導入をめぐる国民投票が2000年6月に実施されたが、野党のボイコットにより一党制が「圧倒的支持」を受けた。しかし2005年7月の国民投票では複数政党制が支持され、現在では登録された政党が公的に活動し、選挙に候補者を送ることができるようになっている。 [編集] 地方行政区分 詳細はウガンダの地域区分 (Districts of Uganda) を参照 [編集] 県 詳細はウガンダの行政区画を参照 北部 アジュマニ県、グル県、キトゥグム県、パデル県、リラ県、アパッチ県 北西部 アルア県、ユンベ県、モヨ県、ネビ県、コボコ県 北東部 カボング県、コティド県、モロト県、ナカピリピリティ県、カタクイ県、アムリア県、カベラマイド県 西部 ブンディブギョ県 南西部 カセセ県、キソロ県、ルクンギリ県、カヌング県 その他計80県 [編集] 主要都市 アルア Arua エンテベ Entebbe:ウガンダ唯一の国際空港(エンテベ国際空港)がある街。 カセセ カンパラ Kampala(首都) グル Gulu ジンジャ Jinja:イギリスの探検家スピークが、白ナイルの源流ビクトリア湖を「発見」した場所(1858年)。イギリス風の美しい街。 ソロティ Soroti:女子中学生が反政府勢力、神の抵抗軍 (LRA) に組織幹部の愛人にするため100人以上誘拐されたルワラ女子中学校はソロティから約50kmのところにある。 マサカ Masaka:ウガンダで3番目に大きな街。 マシンディ ムバララ(ンバララ)Mbarara ムバレ(ンバレ)Mbale モロト Moroto リラ Lira [編集] 地理 ウガンダは東アフリカ高原にあり、平均標高1,100mで北のスーダン平原になだらかに下る。中部にキョガ湖があり、南部と共に湿地帯である。全体がナイル盆地のなかにあり、ナイル川の水はキョガ湖に続き、コンゴとの国境のアルバート湖に注ぐ。そこから北のスーダンに流れる。赤道直下であるが、気候は場所により少し異なる。南部は通年で雨が多い。ビクトリア湖北岸のエンテベの雨季は3月から6月と11月から12月である。北部では乾季が多く、スーダンから120kmのグルでは11月から2月が非常に乾燥している。DRCコンゴに近い南西部のルウェンゾリは1年中雨が多い。ビクトリア湖が気候に大きく影響し、気温の変化を妨げ、雲と雨を発生させている。首都カンパラはエンテベに近い北岸に位置する。 気候 - 熱帯性気候。ケッペンの気候区分ではサバナ気候のAw 平均気温 - 21度-25度 雨季 - 3月-5月と10月-11月 日本との時差 - 6時間 国鳥 - カンムリヅル [編集] 経済 詳細はウガンダの経済 (Economy of Uganda) とウガンダのエネルギー (Energy in Uganda) を参照 [編集] 国民 詳細はウガンダの人口統計 (Demography of Uganda) を参照 ウガンダのほぼ正確な言語分布図。色は語群を示す。例えば、ガンダ語、ニャンコレ語は緑色のバントゥー語群に入る言語 - 英語(公用語)、スワヒリ語、ガンダ語 (Ganda) 、ニャンコレ語 (Runyankole language) 、ニョロ語 (Nyoro language) 、アテソ語、ルオ語 (Luo languages) 、フランス語など 民族 - ガンダ族(バンツー系)、ソガ族、ニャンコレ族、キガ族、ランゴ族、アチョリ族、カラモジョン族(ナイル系)、テソ族など 宗教 - キリスト教(60%, 75%とも)、伝統宗教、精霊信仰 (30%)、イスラーム (10%) [編集] 文化 詳細はウガンダの文化 (Culture of Uganda) を参照 祝祭日 日付 日本語表記 現地語表記 備考 1月1日 元日 New year Day 1月26日 解放記念日 Liberation Day 3月8日 国際女性デー International Women's Day 3月or4月 聖金曜日 Good Frida 変動祝日 3月or4月 イースター・マンデー Easter Monday 変動祝日 5月1日 メーデー Labour Day 6月3日 ウガンダ殉教者の日 Martyrs of Uganda 6月9日 英雄の日 10月9日 独立記念日 Independence Day 12月25日 クリスマス Christmas Day 12月26日 ボクシング・デー Boxing Day イード・アル=フィトル (Eid ul-Fitr) Eid ul-Fitr ラマダーン明けの祝日 イード・アル=アドハー Eid ul-Adha ラマダーン明けから70日後 [編集] HIV/AIDS ウガンダはアフリカ大陸の国のうちで、HIV/AIDSの流行に対する国家的な対策が、効果的であった国のひとつである。1986年の内戦の後のムセベニ政権がエイズ理解政策をつくり、新しくHIVに感染する割合を劇的に低下させた。1990年代初期のHIV感染率は18.5%と推測されたが、2002年には5%にまで減少した。しかし最新の統計では約7%に増加している。